要点
岡崎城は、どう使われてきたのか
- 01西郷氏の築城
15世紀半ば、三河の国衆・西郷氏が築いたと伝わります。矢作川の水運と東海道を押さえる位置にありました。
- 02松平清康の本拠に
1530年ごろ、松平清康が西郷氏から城を得て本拠としました。清康は岡崎を拠点に三河の大半を従えますが、1535年に家臣に殺されます。
- 03家康の誕生と今川支配
1542年、松平広忠の子として竹千代(家康)が城内で生まれました。広忠の死後、岡崎城には今川家の城代が入り、松平家臣は今川の下で働くことになります。
- 04家康の帰還(1560年)
桶狭間の戦いで今川義元が討たれると、家康は岡崎城に入りました。ここを拠点に三河一向一揆を乗り越え、三河を統一します。1570年に本拠を浜松へ移したあとは、嫡男の松平信康が城主となりました。
- 05田中吉政の整備
1590年の関東入封で家康が去ると、豊臣家臣の田中吉政が城主となり、石垣や堀、城下町を大きく整備しました。現在の城の骨格はこのときに作られたものです。
- 06江戸時代:神君出生の城
家康の生まれた城として重んじられ、本多氏・水野氏など譜代大名が城主を務めました。現在の天守は1959年に再建されたものです。