用語ページ / 歴史事件の命名

乱・変・役・陣の違いらん・へん・えき・じんのちがい

応仁の乱、本能寺の変、慶長の役、大坂の陣。歴史事件の名前の末尾には、決まった字が使われます。これらの名前の多くは当時の呼び名ではなく、後世の歴史家が一定の型に沿って付けたものです。

型は「いつ+どこで+何が」 乱=権力への武力反抗 変=権力者が倒される 多くは後世の命名

要点

  • 事件名は「いつ+どこで(誰が)+何が起きたか」の組み合わせでできている。頭に付くのは元号(応仁の乱・慶長の役)、場所(本能寺の変・関ヶ原の戦い)、人名(九戸政実の乱)のどれか。末尾に事件の種類を表す字が付く。元号だけでは年を絞れないとき、干支を足して年を指定することもある。天正壬午の乱の「壬午」は干支の年名で、天正年間の壬午の年=1582年を指す。
  • 「乱」と「変」には、ゆるい使い分けがある。国会図書館のレファレンス事例がまとめる整理では、乱は政治権力に対する武力による反抗や、国が複数勢力に割れる内乱(壬申の乱・応仁の乱・島原の乱)。変は天皇や将軍など権力者が討たれたり追われたりした事件や、陰謀による政変(本能寺の変・桜田門外の変)を指す傾向がある。ただし、厳密な使い分けはされていない。
  • 名前の多くは、後から歴史家が付けたものになる。当時の人が「いま応仁の乱が起きている」と呼んでいたわけではなく、記録と研究の中で呼び名が定着していった。天正壬午の乱のように、近年の研究書から広まった新しい呼び名もあり、歴史用語は今も更新され続けている。
種類

末尾の字で見る、事件名の型

権力への武力反抗・内乱

政治権力に武力で逆らう事件や、国が割れて争う内乱に付く。応仁の乱、島原の乱、九戸政実くのへ まさざねの乱、天正伊賀の乱など。名付けるのは鎮圧した側や後世なので、「乱を起こした」ことにされるのは基本的に負けた側になる。

権力者が倒される・陰謀

天皇・将軍・当主など権力者が討たれたり追われたりした事件、陰謀による急な政変に付く。本能寺の変、永禄の変(将軍義輝の殺害)など。似た型に「政変」(明応の政変)があり、クーデターの性格が強い事件に使われる。

国家規模の出兵

対外や辺境への大規模な軍事動員に付く。秀吉の朝鮮出兵は元号を取って文禄の役・慶長の役と呼ばれる。「役」には人を徴発するお勤めの意味があり、国を挙げた動員というニュアンスを持つ。

特定の出陣・攻囲

特定の城や相手への出陣・攻囲戦に付く。大坂冬の陣・夏の陣が代表で、志賀の陣(信長と浅井・朝倉の対陣)もこの型。戦役全体というより「あの出陣」を指す言い方になる。

戦い・合戦 軍と軍の会戦

軍勢どうしの会戦に付く、いちばん数の多い型。桶狭間の戦い、関ヶ原の戦い、川中島の戦いなど。同じ事件が「〜合戦」とも「〜の戦い」とも書かれ、表記は揺れる。

その他 錯乱・法難・崩れ

変わり種もある。家中の内紛が入り乱れた享禄の錯乱、仏教勢力への弾圧を寺側から見た寛正の法難、大敗の通称である砥石崩れ・守山崩れなど。誰の視点で名付けたかが、字の選び方ににじむ。

干支の話

「壬午」とは何か——干支で年を指定する

天正壬午の乱の「壬午(みずのえうま/じんご)」は、年を表す干支になる。干支は甲・乙・丙…の十干と、子・丑・寅…の十二支の組み合わせで、60通りの年名が60年周期で巡る(国立天文台の暦解説による)。壬午はその一つで、戦国期では1582年がこれにあたる。

1582年は、本能寺の変、家康の伊賀越え、そして武田の旧領をめぐる争奪戦が数か月に密集した年で、「天正」だけでは約20年のどの出来事か絞れない。そこで干支で年を指定した呼び名が使われる。672年の壬申の乱、幕末の戊辰戦争も同じ方式で、甲子の年に完成した甲子園球場まで、この60年周期の年名は広く使われてきた。

検証

「乱と変には明確なルールがある」は本当か

語られ方 厳密な定義があるという説明

「乱は失敗した反乱、変は成功したクーデター」のような、きれいな定義がしばしば語られる。しかし本能寺の変は成功も失敗も含んだ事件だし、島原の乱は権力転覆を狙った反乱ではない。一つの式で全部を説明しようとすると、必ず例外にぶつかる。

確かめられること 傾向はあるが厳密ではない

国会図書館のレファレンス事例は、乱・変の使い分けについて「ある程度の使い分けはなされているものの、厳密な使い分けはされていない」と整理している。実際、同じ事件でも時代や本によって呼び名は揺れ、応仁の乱を応仁・文明の乱と呼ぶべきだという議論のように、呼び名そのものが研究の対象になっている。

どう読むか

事件の名前から、何が読めるのか

  • 名前には「名付けた側の視点」が入っている。乱と呼ばれるのは基本的に負けた側で、同じ武力行使でも勝てば「統一」や「平定」と呼ばれる。寺側から見れば法難、幕府側から見れば処分——事件名は中立な記号ではなく、小さな歴史解釈になっている。
  • 名前の型が分かると、初見の事件も位置づけられる。「〜の役」なら国家規模の出兵、「〜の陣」なら特定の攻囲戦、頭に元号があれば起きた時期がすぐ分かる。事件名は、内容を知る前から使える検索の手がかりになる。
  • 歴史用語は固定ではなく、今も動いている。天正壬午の乱は研究書から広まった比較的新しい呼び名で、昔の教科書には載っていない。呼び名が変わるのは、研究が進んで事件の見方が変わった印でもある。名前の変化を追うと、歴史学の現在地が見えてくる。

干支で名付けられた争乱の実例は天正壬午の乱、「変」の代表例は本能寺の変で整理しています。

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参考にした資料