要点
北ノ庄城は、どう使われてきたのか
- 011575年、越前平定と築城
信長が越前の一向一揆を平定し、勝家に越前8郡を与えた。勝家は北ノ庄に築城を始め、城下町の整備を進めた。
- 02北陸攻めの拠点
勝家は北ノ庄を拠点に加賀一向一揆と戦い、1577年の手取川の戦いでは上杉謙信に退けられたが、1580年に加賀を制圧した。
- 031581年、フロイスの訪問
宣教師ルイス・フロイスが北ノ庄を訪れ、城の壮大さを記録した。九層の天守という記述はこの記録による。
- 041582年、本能寺の変とお市の方との結婚
信長の死後、清洲会議を経て勝家はお市の方と結婚し、北ノ庄に迎えた。お市の方は三人の娘とともに入城した。
- 051583年4月、賤ヶ岳の敗戦と落城
賤ヶ岳で秀吉に敗れた勝家は北ノ庄に戻ったが、秀吉軍に囲まれた。4月24日、勝家は天守に火を放ち、お市の方とともに自害。三姉妹は城を出て秀吉に保護された。
- 061601年、福井城の築城
関ヶ原後、家康の次男・結城秀康が越前に入り、北ノ庄城の跡に福井城を築いた。北ノ庄城の遺構はその下に埋まった。
- 07現在
福井城址の南に北ノ庄城址・柴田公園があり、発掘で確認された石垣の一部と、勝家・お市の方・三姉妹の像がある。
北ノ庄城を読むときの三つの視点
- 「九層の天守」は記録であって遺構ではない。フロイスの記述は重要だが、発掘で確かめられた部分は限られる。安土城と比べる話は慎重に読む。
- 勝家の北陸軍団の中心。前田利家・佐々成政・佐久間盛政らが勝家の与力として北陸に配され、北ノ庄はその司令部だった。
- お市の方と三姉妹の物語の舞台。小谷城に続いて二度目の落城を経験したお市の方と、生き延びた茶々・初・江。北ノ庄は三姉妹の運命の分岐点。
北ノ庄城は現存する遺構がごく少なく、記録と発掘から姿を想像する城です。勝家の最期の場所として知られますが、信長の北陸支配の拠点として8年間機能したことも忘れずに読みます。