事件・合戦ページ / 1570年6月28日・北近江 姉川流域

姉川の戦いあねがわのたたかい

姉川の戦いとは?

1570年6月28日、織田信長おだ のぶなが・徳川家康とくがわ いえやすの連合軍が、北近江の姉川を挟んで、浅井長政・朝倉の連合軍を破った戦い。

長政の離反から2か月。信長は徳川家康と連合して北近江へ攻め込み、浅井方には朝倉景健率いる越前の援軍が加わります。
6月28日、姉川を挟んで両軍が衝突します。激戦の末に浅井・朝倉軍は敗れ、小谷城おだにじょうへ退きました。
信長は横山城(小谷城の南の城)を落として木下秀吉を置き、小谷城を見張らせます。浅井氏は健在のまま、戦いは3年続くことになります。

浅井攻め——信長は家康と連合して北近江へ

1570年6月、信長は徳川家康と連合して北近江へ出陣した。金ヶ崎の撤退からわずか2か月。矛先は越前ではなく、離反した同盟相手・浅井の本国、江北に向いた。離反の経緯は金ヶ崎の戦いと浅井・朝倉との決裂で整理しています。

出陣までの2か月も、戦いは止まっていない。朝倉方は景鏡が美濃の垂井・赤坂まで攻め込み、信長側では、当初の「将軍義昭が高島方面へ出て浅井を挟み撃ちにする」計画が摂津の三好勢の不穏な動きで中止になって、家康との連合軍に切り替わった。

織田・徳川方 約2万8千と伝わる

信長は岐阜から北近江へ出陣した。そこへ同盟相手の家康が、三河から軍勢を率いて加わった。

浅井・朝倉方 約1万8千と伝わる

長政の軍に、朝倉景健を大将とする越前の援軍が合流した。義景本人は出陣していない。

姉川の激突——川を挟んだ激戦、浅井・朝倉が敗れる

織田・徳川軍は、小谷城の南にある浅井方の横山城を囲んだ。浅井・朝倉軍が平地へ出てくると、6月28日の早朝、姉川を挟んで戦いが始まる。戦闘は乱戦となり、激戦の末に浅井・朝倉軍は崩れて、長政は小谷城へ退いた。

語られ方 家康の反撃で逆転

序盤は浅井軍が優勢で、織田の陣へ押し込んだ。そこから家康の軍が朝倉勢の側面を突き、形勢を逆転させたと語られる。ただし、この活躍の話は家康の武功を強調する江戸時代の記録によるところが大きい。

確かめられること 激戦と、浅井・朝倉の敗走

川を挟んで激しい戦闘があったこと、そして浅井・朝倉方が敗れたことは史料で確かめられる。どの部隊がどこでどう戦ったかという細部は、同時代の史料では確かめにくい。

横山城の確保——小谷城は攻めず、秀吉に見張らせる

勝った信長は、長政の本拠・小谷城には向かわなかった。戦後の判断は、ふたつの城の扱いに表れている。

押さえた城 横山城

小谷城の南にある城で、開戦前から織田・徳川軍が囲んでいた。戦後にこれを落とし、木下秀吉(のちの豊臣秀吉とよとみ ひでよし)を入れる。小谷城を目と鼻の先で見張る監視拠点で、以後の北近江の攻防は、この城が前線になった。

攻めなかった城 小谷城

長政の本拠。堅固な山城で、力攻めをすれば大きな損害が出るうえ、越前からの援軍も見込まれる。攻める選択は取られず、長政は城も勢力も保ったまま、朝倉との連携を続けた。

姉川の戦いが残したもの——信長包囲網の始まりと、終わらなかった浅井攻め

合戦そのものは、織田・徳川の勝利に終わった。「川が血で染まった」と伝えられる激戦だった。

包囲網の始まり 敵が近畿一円に広がる

姉川で浅井・朝倉を滅ぼしきれなかったことは、信長と反信長勢力の対決が近畿一円に広がるきっかけになったとされる。信長の近江進出で領地を圧迫された延暦寺や江北の一向一揆が、健在の浅井・朝倉と結んで包囲網を形づくった。その包囲網は、3か月後の志賀の陣で実際に機能することになる。

終わらぬ浅井攻め 決着は1573年

浅井攻めはこのあと3年続き、小谷城が落ちるのは1573年になる。先に朝倉氏が滅び、その直後に小谷城も落ちて、姉川で戦った両家は同じ年に滅んだ。見張り役だった秀吉は、浅井氏の旧領・北近江を与えられて長浜城主へ進む。

姉川の戦いの疑問に答える

姉川って、今のどこ?

滋賀県長浜市を流れる川になる。古戦場は市の南部、野村町・三田町の一帯で、琵琶湖の北東にあたる。すぐ北には、長政の本拠だった小谷城の跡が残っている。

現地に何か残っている?

野村橋のたもとの「姉川古戦場」碑や、本陣の跡と伝わる「陣杭の柳」が残る。激戦を伝える「血原」「血川橋」という地名も周辺に残っている。姉川合戦図屏風は、福井県立歴史博物館が所蔵する。

両軍の兵数はどれくらい?

浅井・朝倉軍が約1万8千、織田・徳川軍が約2万8千と伝わる。ただし兵数や死傷者の数字は資料によって幅があり、実数としては断定できない。

お市の方は、このとき何をしていた?

信長の妹で長政の妻。浅井方の小谷城にいたとされ、兄と夫が戦う板挟みの立場だった。

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参考にした資料