最初に押さえる
- 豊臣政権の大名として活動し、家康の娘婿でもあった。
- 関ヶ原後に播磨を領し、姫路城を大きく拡張した。
- 城下町と城郭を一体で整え、西国の拠点をつくった。
何をした人物か
輝政は豊臣政権の大名として生き、関ヶ原後に播磨の領主となりました。姫路城公式サイトは、秀吉・輝政・本多忠政が城を拡張し、現在の全容が近世初期に整ったことを示します。
輝政の姫路城は、天守だけを建てた仕事ではありません。広い曲輪、城下、交通を含む拠点を整えることで、西国の大領を治める政治の中心を作りました。
秀吉の家臣だった輝政を姫路城から読むと、豊臣から徳川への交代が、既存の大名と城を組み替える過程だったことが分かります。
年表で追う
1600年
関ヶ原
戦後、播磨と姫路城を得る。
1601年以後
姫路城の拡張
巨大な近世城郭と城下を整える。
読み直す視点
姫路城
戦後の西国支配を象徴する城。
城下町
城郭と人の暮らしを一体で整えた。