1565〜1613年 / 豊臣大名・姫路城・播磨

池田輝政

池田輝政は、関ヶ原後に播磨を与えられ、現在に残る姫路城の大枠を築いた大名です。城を巨大化させた理由から、戦後の西国支配を読みます。

最初に押さえる

  • 豊臣政権の大名として活動し、家康の娘婿でもあった。
  • 関ヶ原後に播磨を領し、姫路城を大きく拡張した。
  • 城下町と城郭を一体で整え、西国の拠点をつくった。

何をした人物か

輝政は豊臣政権の大名として生き、関ヶ原後に播磨の領主となりました。姫路城公式サイトは、秀吉・輝政・本多忠政が城を拡張し、現在の全容が近世初期に整ったことを示します。

輝政の姫路城は、天守だけを建てた仕事ではありません。広い曲輪、城下、交通を含む拠点を整えることで、西国の大領を治める政治の中心を作りました。

秀吉の家臣だった輝政を姫路城から読むと、豊臣から徳川への交代が、既存の大名と城を組み替える過程だったことが分かります。

年表で追う

1600年
関ヶ原

戦後、播磨と姫路城を得る。

1601年以後
姫路城の拡張

巨大な近世城郭と城下を整える。

読み直す視点

姫路城

戦後の西国支配を象徴する城。

城下町

城郭と人の暮らしを一体で整えた。

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参考にした資料