信長が京都へ入る時代の天皇
正親町天皇の時代、信長は足利義昭を奉じて京都へ入り、のちに義昭と対立します。京都の軍事・政治を主導する勢力は大きく変わりますが、朝廷の官位・儀礼・年号の仕組みは政治的な正統性の一部として機能し続けました。
在位中の主な転換点
1568年
信長と義昭が上洛
義昭が将軍となり、信長が京都政治へ進出します。
1573年
義昭が京都を去る
室町幕府の終わりとされる転機です。
1582年
本能寺の変
信長が倒れ、秀吉が主導権を握る流れへ移ります。
1586年
後陽成天皇へ譲位
秀吉の政権が固まりつつある時期に、次代へ移ります。
正親町天皇の在位は、信長一人の時代ではありません。 義昭、信長、秀吉と京都の主導者が入れ替わる三十年をまたぐため、戦国後半を朝廷側からつなぐ軸になります。
参考にした資料
- 宮内庁「正親町天皇 深草北陵」
- 宮内庁書陵部「正親町天皇綸旨并信長義景誓紙案」
- 宮内公文書館「正親町院天皇譜料」