人物ページ / 西美濃の有力者、美濃三人衆の一人

稲葉一鉄

稲葉一鉄(良通)は、氏家卜全・安藤守就とともに美濃三人衆と呼ばれた有力者です。土岐氏・斎藤氏の時代を経て織田信長、さらに豊臣秀吉に仕えました。一鉄をたどると、主君が替わっても地域に根を張る勢力が残り続ける、美濃の家臣団の強さが見えてきます。

1515年 — 1589年 美濃三人衆 西美濃 斎藤から織田へ

一鉄は「信長の家臣」になる前から有力者だった

一鉄は、はじめ土岐頼芸に仕え、氏家卜全・安藤守就とともに西美濃三人衆と称されました。斎藤氏の一員ではなく、美濃の地域と人脈を基盤にした有力者として見るのが重要です。

地域の基盤

西美濃に根を張り、城・兵・人脈を持つ勢力でした。

三人衆の一人

氏家・安藤と並び、斎藤氏の家臣団を支える重要な存在になります。

長く残る

斎藤・織田・豊臣と時代が替わっても活動を続け、美濃の地域勢力の継続性を示します。

美濃の主が替わるなかでの一鉄

土岐氏の時代
美濃の守護に仕える

一鉄は還俗して家督を継ぎ、土岐頼芸に仕えたと伝わります。

斎藤氏の時代
西美濃三人衆として動く

斎藤氏に仕える有力家臣として、美濃の政治と軍事を支えます。

1567年
信長の美濃攻略へ協力

信長の外からの軍事力と、西美濃の有力者の力が結びつきます。

織田・豊臣期
新しい主君のもとで活動

一鉄は織田信長、羽柴秀吉に仕え、1589年に没します。

一鉄を見ると、美濃攻略の何が見える?

美濃攻略を「信長が斎藤龍興の城を落とした」とだけ見ると、地域で実際に国を支えていた人々が見えません。一鉄は、当主が替わっても地域に残り、次の政権と関係を結び直す有力者です。

だから一鉄は、龍興の敗北だけでなく、信長が美濃を自分の領国へ組み替える過程を読む入口になります。

稲葉一鉄から、どこへ進む?

参考にした資料