どんな天皇?
後水尾天皇(ごみずのおてんのう)は第108代の天皇です。父は先代の後陽成天皇、母は中和門院藤原前子です。1611年に後陽成天皇の後を継いで位につき、1629年まで在位しました。次の明正天皇は後水尾天皇の子で、母は皇后和子です。
お墓は京都市東山区の泉涌寺の中にある月輪陵(つきのわのみささぎ)で、形は九重塔です。四条天皇や明正天皇など、ほかの天皇の陵も同じ場所にあります。
ここを押さえる——二条城への行幸
寛永3年(1626)9月6日、後水尾天皇は大御所の徳川秀忠と三代将軍の徳川家光に招かれ、二条城へ行幸しました。天皇が武家のもとへ出向くのは、きわめて珍しいことでした。
行列は内裏を出て東洞院通・中立売通・堀川通を進み、約2.6キロ先の二条城へ向かいました。参列者は幕府方も含めて少なくとも9000人、馬540頭、牛車12台、輿470基に及んだと伝わります。天皇は9月10日まで二条城にとどまり、秀忠と家光は雅楽・蹴鞠・能楽などで天皇をもてなしました。
ざっくり年表
1611年
即位
父の後陽成天皇の後を継ぐ。
1626年
二条城行幸
9月6日から10日まで、秀忠・家光の招きで二条城に滞在する。
1629年
在位を終える
子の明正天皇が次の天皇になる。
時代を動かした人物とのつながり
参考にした資料
- 宮内庁「後水尾天皇 月輪陵」(第108代であること、父が後陽成天皇・母が中和門院藤原前子であること、陵が泉涌寺内の月輪陵で形が九重塔であること)
- 宮内庁「明正天皇 月輪陵」(明正天皇の父が後水尾天皇、母が皇后和子であること、後水尾天皇陵と同じ場所にあること)
- 宮内庁「天皇系図」(後水尾天皇の在位が1611〜1629年であること、前代が後陽成天皇(1586〜1611年)、次代が明正天皇であること)
- 元離宮二条城(京都市)サイト内 Living History in 京都・二条城協議会「寛永行幸」(寛永3年9月6日に秀忠・家光の招きで二条城へ行幸したこと、行列の道筋と規模、9月10日までの滞在ともてなしの内容)