朝廷と武家の間にいた人の日記
晴豊は、朝廷と武家の連絡・儀礼に関わった武家伝奏の公家です。『晴豊公記』には、京都で起きた政治・儀礼・人の移動が記され、戦国から織豊期へ移る過程を朝廷側から読む手がかりになります。
武将の軍記ではなく、京都の実務を担う公家の日記である点が、この史料の特徴です。
本能寺の変の直前をどう読む?
『晴豊公記』には、本能寺の変前日に勅使として信長を訪ねた記録が知られます。大事件の直前にも、朝廷の公的な連絡や儀礼が進んでいたことを示す史料です。
ただし、この日記だけで光秀の動機や事件の全容を決めることはできません。何を記録しているかを確かめ、他の史料と照らし合わせることが大切です。
秀吉期の京都を読む
本能寺の変後、秀吉が政権を固めると、官位・儀礼・京都での居所など朝廷との関係はいっそう重要になります。『晴豊公記』は、天下人の交代が京都の公家社会にどのような実務を生んだかを考える入口になります。
晴豊公記から、どこへ進む?
参考にした資料
- 宮内庁書陵部「晴豊公記」
- 思文閣出版『晴豊公記』
- 国立国会図書館典拠データ「勧修寺晴豊」