生年不詳–1572年 / 尾張・三方ヶ原

平手汎秀

平手汎秀は、信長の命で徳川家康を支援し、1572年の三方ヶ原の戦いで戦死した織田家臣です。平手政秀の名だけで終わりがちな平手氏を、信長期の軍事同盟を支えた次世代から読み直します。

この人物を先に理解する

何を担った人物か

三方ヶ原では、信長は家康を見捨てたのではなく、佐久間信盛・滝川一益・水野信元らとともに援軍を出しました。汎秀の戦死は、清洲同盟が外交文書だけでなく、実際の兵の派遣と損失を伴った軍事協力だったことを示します。

時系列

1560年代
尾張の家臣として活動

平手氏の一員として織田家臣団に属します。

1572年
家康への援軍

武田信玄に対抗するため、信長の命で東海戦線へ出ます。

1572年末
三方ヶ原で戦死

撤退局面を含む厳しい戦いで命を落としました。

読み違えないために

汎秀と平手政秀の親子関係には系図上の異説があります。系譜を断定せず、三方ヶ原における織田援軍の一員として役割を押さえます。

平手汎秀から次に読む

参考にした資料