京都の人物 / 第106代天皇 / 信長・秀吉の時代

正親町天皇

正親町天皇は1557年から1586年まで在位しました。桶狭間、信長の上洛、本能寺の変、秀吉の台頭までがこの時代に重なります。戦国後半の武力の変化を、京都の朝廷が続く時間軸から見るための中心人物です。

第106代1557〜1586年織田信長豊臣秀吉

信長が京都へ入る時代の天皇

正親町天皇の時代、信長は足利義昭を奉じて京都へ入り、のちに義昭と対立します。京都の軍事・政治を主導する勢力は大きく変わりますが、朝廷の官位・儀礼・年号の仕組みは政治的な正統性の一部として機能し続けました。

足利義昭

1568年、正親町天皇の時代に15代将軍となります。

織田信長

上洛後、京都の政治に深く関わり、畿内の主導権を握ります。

豊臣秀吉

本能寺後に台頭し、正親町天皇の在位末期には全国統一へ向かいます。

在位中の主な転換点

1560年
桶狭間の戦い

信長が今川義元を破り、尾張から東海の勢力図が動きます。

1568年
信長と義昭が上洛

義昭が将軍となり、信長が京都政治へ進出します。

1573年
義昭が京都を去る

室町幕府の終わりとされる転機です。

1582年
本能寺の変

信長が倒れ、秀吉が主導権を握る流れへ移ります。

1586年
後陽成天皇へ譲位

秀吉の政権が固まりつつある時期に、次代へ移ります。

正親町天皇の在位は、信長一人の時代ではありません。 義昭、信長、秀吉と京都の主導者が入れ替わる三十年をまたぐため、戦国後半を朝廷側からつなぐ軸になります。

正親町天皇から、どこへ進む?

参考にした資料