豊臣から徳川へ移る時代
後陽成天皇が即位した1586年、秀吉はすでに畿内の有力者として政権を固めつつありました。1590年の小田原征伐による全国統一、1598年の秀吉の死、1600年の関ヶ原の戦い、1603年の家康の征夷大将軍任官まで、大きな政権交代が在位中に続きます。
天皇が合戦の指揮を執ったわけではありません。しかし、豊臣・徳川が京都と朝廷との関係をどのように整えるかは、全国政権としての立場を示す重要な課題でした。後陽成天皇の時代は、戦国末期の秩序が江戸幕府へ組み替わっていく時期です。
ここを押さえる
秀吉の全国統一と家康の将軍任官は、ともに後陽成天皇の在位中に起きました。人物の勝敗だけでなく、京都・朝廷との関係も見ると、豊臣から徳川への移行が立体的に見えてきます。
ざっくり年表
1586年
即位
後陽成天皇が即位する。
1590年
全国統一へ
秀吉が小田原征伐を行う。
1598年
秀吉死去
豊臣政権は秀頼を中心に動く。
1600年
関ヶ原
家康が全国の主導権を握る。
1603年
江戸幕府
家康が征夷大将軍となる。
1611年
譲位
後水尾天皇へ譲位する。
時代を動かした人物とのつながり
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参考にした資料
- コトバンク「後陽成天皇」
- 宮内庁書陵部「後陽成院天皇譜料」