天皇 / 豊臣から徳川へ

後陽成天皇

豊臣秀吉が全国統一を進め、関ヶ原を経て徳川家康が将軍となるまでを見た天皇です。豊臣から徳川へ主導権が移る時代を、京都の朝廷からつなぐ存在としてたどります。

第107代1586–1611年豊臣から徳川へ

豊臣から徳川へ移る時代

後陽成天皇が即位した1586年、秀吉はすでに畿内の有力者として政権を固めつつありました。1590年の小田原征伐による全国統一、1598年の秀吉の死、1600年の関ヶ原の戦い、1603年の家康の征夷大将軍任官まで、大きな政権交代が在位中に続きます。

天皇が合戦の指揮を執ったわけではありません。しかし、豊臣・徳川が京都と朝廷との関係をどのように整えるかは、全国政権としての立場を示す重要な課題でした。後陽成天皇の時代は、戦国末期の秩序が江戸幕府へ組み替わっていく時期です。

ここを押さえる

秀吉の全国統一と家康の将軍任官は、ともに後陽成天皇の在位中に起きました。人物の勝敗だけでなく、京都・朝廷との関係も見ると、豊臣から徳川への移行が立体的に見えてきます。

ざっくり年表

1586年
即位

後陽成天皇が即位する。

1590年
全国統一へ

秀吉が小田原征伐を行う。

1598年
秀吉死去

豊臣政権は秀頼を中心に動く。

1600年
関ヶ原

家康が全国の主導権を握る。

1603年
江戸幕府

家康が征夷大将軍となる。

1611年
譲位

後水尾天皇へ譲位する。

時代を動かした人物とのつながり

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