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明石全登は宇喜多家に仕え、のちに大坂方へ入った武将です。宗教・主家の没落・浪人の参加という三つの論点から、豊臣家の最後を読みます。
大坂城へ入った意味
全登は宇喜多家の家臣として活動し、キリシタン大名としても知られます。関ヶ原後に宇喜多家が大きく変わると、旧主家の家臣にも新しい居場所が必要になりました。大坂城への参加は、豊臣家が旧豊臣系大名・家臣の受け皿になったことを示す一例です。
豊臣方の人物を読むときは、合戦での勇敢さだけでなく、どの主家から来たのか、なぜ大坂城に集まったのか、城内の政治と戦場でどんな役割を担ったのかを分けて考える必要があります。
四つの視点
浪人衆
旧主家を失った武将が、豊臣方の軍事を支えた。
大坂城
城は豊臣家の居城であると同時に、各地の人材が集まる拠点だった。
冬の陣と夏の陣
講和を挟んで、防御戦から野戦へ条件が大きく変わった。
豊臣家の終幕
個人の最期を、政権と家臣団の終わりのなかに置いて読む。